2017.10.2
消防の歴史を築いた懐かしの消防車両
SPECIAL ISSUE CLASSIC FIRE ENGINE by KYOTO CITY FIRE DEPARTMENT
日本の消防車両は自治体消防発足以降、徐々にその台数やバリエーションが拡充していった。今日では多種多様な消防車両が人々の安全で安心な生活を守っているが、そのラインナップの原型が確立したのも自治体消防発足前後の時期といえる。しかし、消防史に残る当時の車両たちの姿は、今となってはなかなか目にすることはできない。ここでは京都市消防局に配備されていた車両を通し、消防車両の歴史を見ていこう。
アメリカ陸軍ダッジ
昭和25年配置 3/4トン WC52
払い下げ車改装のポンプ車。オープンキャブ、左ハンドル。軍用車で野砲をけん引したウェポンキャリアーの変身消防車で、積載消防機材はすべて日本製。連結式の吸水管、木製のはしご、警鐘、作業用ライト、ホースを巻きつけた輅車は後部に、ポンプ関連は中央部に据え付けたもの。分隊長(消防士長職)以下5人乗組であった。
イスズTX型 化学車
昭和37年配置
カナディアン・フォード社CMP F60L 3トンローリーに次いで採用されたもの。「下京化学分隊」。キャブ屋根はカンバス製、リール式ホース、泡沫発生装置2台、泡沫薬剤15缶、泡沫消火装置160キログラム型1基、水タンク800リットルおよびホースカート、ポンプは中央部に据え付け。市内の4署計4両を配置した。
トヨタFCトラック仕様水防工作車
昭和35年配置
伏見区は
特殊分隊(化学車)
昭和25年2月配置 カナディアン・フォード社 CMP F60L 3トンローリー
この種の化学泡車は下京消防署五条出張所とともに2両が配置されていた。イギリス連邦軍の払い下げ車改装、泡原液タンクと水タンク搭載、後部ステップにはエアホーン付の二酸化炭素ガス50ポンド4本積み。森田ポンプ艤装のポンププロポーション装置付。キャブオーバー式の消防車はこの車種だけであった。市内中京区の旧国鉄二条駅構内と引込線の先に石油貯蔵所と中継基地があり、下京区には大阪ガス京都工場や第一工業製薬などが在社していたことで配置された。外付けの消防斧が珍しく、ドアなしのキャブとカンバス屋根、方向指示器、バックミラー、キャブ下の燃料タンクなど見どころが多い。
「直轄第1分隊」トヨタFC-1型ポンプ車
昭和33年度から配置され、当時市内9消防本署の先発消防車であった。無線電話は150メガサイクル帯の超短波、シングルキャブで、オープンデッキ、連結式吸水管、後部にこのときからホースカートを積載、両ステップに肩掛け式ホースバッグおよび残火処理用注水器具を積む。
トヨタFHポンプ車に可搬式排煙機および
伸縮式排煙ダクト積載消防車「特殊分隊・排煙機」
昭和35年秋から警防課機械係長の城地日出夫司令補の研究と開発によって完成した可搬式排煙機一式。「研究成果が特に秀れている」として当時の消防庁長官の表彰を受けたもの。新京極通の映画館の地階での活動のほか、発泡剤消火の後処理にも活用された。
「直轄第2分隊」水そう付ポンプ車
昭和27年配置
トヨタ製シャーシのトラック。第二次世界大戦後の消防車不足をカバーするものとして、散水車に消防機能を付したものもあった。戦中型トラックの末裔で800リットルの水タンクを中央部に置き、前にポンプ機構、後部にホース巻き輅車、放水銃付という勇ましい姿。しかし、出動時のエンジン始動が不十分で、ガレージ前の緩斜面を利用し、よく押してエンジン始動させたこともあった。現在と異なる事情の一つであった。フェンダーやボンネットは赤一色ではなく、飾りの塗装と砲金製の金具が設えられており、「いかにも消防車だ」というプライドを示していた。外観はやや武骨で、方向指示器、手廻しサイレン、動力サイレン、作業灯、消防連係活動表示灯など、出っぱりの目立った時代でもあった。
イスズTX型 12メートル級三連機械式
伸長はしご車「中京梯子分隊」
昭和36年撮影
ポンプ車機能と上階へのはしご伸長兼用車両。ハンドルを(手動で)回転させてはしごを伸縮させるもの。後部ステップは65ミリメートルホース2本分を折りたたみ収めたホース器具、運転席後ろにも手巻きホース積載。
AUTUMN 2017/FIRE RESCUE EMS vol.79
写真・文:宮脇健氏