2020.2.25
命の絆No.62 アメリカ合衆国 ニューヨーク市消防局 第7ディヴィジョン第18バタリオン下の第45エンジン・カンパニー
命の絆 消防ヘルメット
助けを求める声があるならば、いかに過酷な災害現場であっても身を投じていく消防士たち。
時代や国境を超え、すべての消防人の心にある博愛の精神が、彼らを突き動かす。隊という名の“家族”が、危険な現場で協力し合い“人命救助”という任務を成し遂げる。
「消防ヘルメット」はそんな彼らの活動を支え、危険から身を守る盾となってくれる。現場には要救助者、仲間、そして己の命をつなぐ博愛の絆があり、その象徴が消防ヘルメットといえるであろう。
No.62 アメリカ合衆国 ニューヨーク市消防局 第7ディヴィジョン第18バタリオン下の第45エンジン・カンパニー
ケアンズ・アンド・ブラザー社 モデル5A「ニューヨーカー」 グレインレザー製ヘルメット
ニューヨーク市は、5自治区(ボロー)で行政を進めている。このうちもっとも北に位置する面積150平方キロメートルのブロンクス・ボローには、ニューヨーク市消防局が第6及び第7の両ディヴィジョンを置き、9個のバタリオン(大隊)チーフ車隊の下、30ポンプ車隊、15ラダー車隊、11タワー・ラダー車隊、1トラクター・ラダー車隊、1サテライト車(スーパーポンプ車へ給送水する専用ポンプ車、本体のスーパーポンプ車はすでに廃車)隊、2スクワッド車隊、1レスキュー車隊、2ハズマット(危険物災害処理)車隊、1折畳み式レスキューキット積載ユニット車隊、1フォーム・ユニット(化学泡)車隊、1凍結消火栓解凍装置車隊が配備される。
1968年末から1970年代、ブロンクス・ボロー、とくに南西部のサウスブロンクスと呼ばれるエリアは苦難を迎えていた。不況の影響で住人の流出が50万人にも及び、1910年代に建築された数多くのアパートでは残っている住人を立ち退かせるためと思われる放火が連日発生した。放火件数は1日に40件を数える日もあり、全火災中の放火割合は1.1%から7%まで上昇。1976年10月24日にはプエルト・リコ・ソーシャル・クラブでガソリンを使った放火事件があり、25人が死亡、数十人が負傷している。1975年をピークに放火件数は減り始めるが、それは燃やすアパートがなくなってきたのが理由とされる。治安も最悪で、消防隊への投石や異物の投下から防御するため、消防車両の窓ガラスには金網が取り付けられ、オープン・キャブには応急の合板屋根、ホーズ・ベッドにはキャンバスの覆いという様相であった。その一方で消防予算は削減され、累計50にも及ぶ消防隊、消防艇隊が解隊された。そうした時代の中でデニス・スミス消防士によって著されたドキュメンタリーが「FDNY第82エンジン・カンパニーのレポート」である。
今回紹介するモデル5A「ニューヨーカー」は、帽体内のメダリオンに記された「E」記号により1955年から1956年の間に作られたものであることがわかる。納品ロットは「60570」とあり1960年の納品、サイズは7・1/4と示されている。頑丈なグレインレザー製で、庇表面には唐草模様を浮き出させたおしゃれな加工も施されている。ハンモックとライナーは一体化しており、頭頂部で紐を絞り込む方式。耳と首を守るネックカバーは防炎繊維で仕上げてある。正面のフロントピースは盾型の黒地皮革で、第45エンジン・カンパニーを示す「45」の数字が大きく切り抜かれ、所属隊員個人認識ナンバーの「6767」が白文字で表示されている。さらにフロントピースを支えるブラス製の三角形のホルダーには、アメリカ合衆国消防紋の「セント・フローリアヌス・クロス※」が赤く描かれる。
このヘルメットはニューヨーク市消防局のギャリイ・レムリング消防士から1981年5月13日に贈られた。庇にボーク・アイ・シールドが装着されておらず(おおむね1972年から普及)、現在とは大きく異なっていたであろう当時の現場活動時の姿が想像できる。
※セント・フローリアヌスはローマ帝国の軍司令官で、ときの皇帝ディオクレティアヌスの指示でキリスト教弾圧のために派遣されたアキリアヌスに逆らったことで拷問を受け、処刑された。セント・フローリアヌスは消防隊「センチュリオン」の指揮官でもあったので、のちの1138年になってキリスト殉教者とされ、消防人の守護聖人として敬われるようになった。こうしたことからセント・フローリアヌス・クロスは消防士の身近な存在としてヘルメットなどに描かれている。
特徴的なデザインにはさまざまな機能が秘められており、頭部保護という同じ目的を持ちながら国によっていろいろなパターンを見ることができる。
そもそもヘルメットは軍事用として誕生し、古くから頭部に直接加えられる打撃力を減少し、直接的な負傷を防ぐことに重きがおかれてきた。後に用途ごとに進化を続け、使用される環境によって求められる性能やそれに伴う形状や素材の変化を見せてきた。
消防で用いるヘルメットも、“災害”という敵から“消防士”という戦士を守るための“防具”であるといえる。
災害現場という場所は何が起こるかわからない。
突如、倒壊物が襲い掛かってきたり、足場が崩れて転落する可能性も大きいわけだ。頭部に大きなダメージが加われば命に関わる結果となり、脳に障害を与える危険もある。災害現場であれば頭を打って意識を失っている間に要救助者の生命は危険に曝され、隊員自身も更なる悲劇に見舞われないとも限らない。
つまり、消防におけるヘルメットとは隊員はもとより、要救助者や仲間の命を結ぶ重要な存在であるといえる。ここでは世界の消防が使用する「消防ヘルメット」にスポットをあて、郷土を災害から守ってきた消防士たちの魂を伝えていく。
03|04 2020/FIRE RESCUE EMS vol.90