2024.4.8
【第19回 番外編「日台消防交流会 2023 桃園市消防局火場安全訓練」】
〜連載企画 ROPE RESCUE COLUMN ロープレスキュー ここが知りたい!〜
皆さんこんにちは。ぜひ皆さんに共有したいことがありますので、(また)番外編とさせていただきます。2023年12月、私を含む消防機材業者3名と消防職員7名の計10名で、台湾の桃園市消防局(以下、桃園消防)にて、火災現場における消防隊員の安全に関する訓練を受けてきました。
桃園消防は大規模遊戯施設の火災(2015年)と、大型化学工場の火災(2018年)で合計12名の殉職者を出した経験から、アジアでも屈指の安全管理体制を構築しています。今回、私たちは彼らから貴重な講義を受け、実践的な実技訓練をすることができました。
桃園消防の安全教育と救援体制
桃園消防は230万人を管轄し、1700人の職員を擁する消防局です。前述の教訓から、5日間の安全教育訓練と試験が運用されており、局内に教官が養成され定期的に訓練が行われています。驚くべきことに、これはすべての外勤職員(1400人以上)に対して実施されており、現場勤務を続けるためには合格が義務付けられているそうです。また、2年ごとにリフレッシュ講習を受講し、ここでも試験が行われるそうです。
教育の内容はいわゆるFFS(ファイアーファイターサバイバル)やRITに関わる内容で、殉職事故を契機に導入されたFast Board(救援用担架)とRITバッグ(救援用の予備空気ボンベ)の使用も試験に含まれます。これらの資器材は、すべての消防署(44署)に最低でも1セット以上が配備済で、どこの消防隊であっても、非常時にはRITとして救援活動にあたれるように標準化されているそうです。
安全訓練の教官(FFSインストラクター)たち。この二人は20代。志願して教官課程を受けて、試験に合格することで認定されるそう
「これはRITではない」
消防隊員が3名一組で、救援用資器材を持って倒れた消防士を救出に向かう。参加した日本人全員がそれを「RIT」だと考えていました。
しかし、桃園消防の教官はそれを否定しました。本来RITが行うべき任務には、人員管理、任務の管理、現場での待機、活動計画の策定、建物の構造や強度の確認、進入隊の退避経路の事前設定などがあるそうです。これらを満たすためには火災性状、化学・物理・建築などの学識があり、さらに現場経験が豊富な人材が必要で、桃園消防ではそのレベルのRITを複数隊運用することは(現時点では)困難である。その代わりにそういった任務は本部の幕僚(指揮隊)に集約し、救援能力のみを消防隊に持たせることにした。そのため、この単なる救援部隊のことをRITと呼ぶことはできない、ということでした。
見識の深さもさることながら、この謙虚な姿勢に参加者一同、感嘆しました。
重要なのは事前準備と訓練
桃園消防の教官たちの講義を聞いていると、小隊長の責任の明確さや重さ、試験によって確立された階級による厳密な指揮統制、一方で隊員の具申や健康状態で活動を中止する柔軟性など、大枠の制度は日本と似ているが非常に洗練された部隊運用に唸らされました。そういった背景もありつつ、教育・訓練・基本戦術・基本技術の標準化を強く意識していることは大きなポイントだと感じました。
ここではすべてを共有することはできないので、講義のなかで基本的な部分を紹介します。
現場活動における安全のため必要なものとして、下記のような体系を示されました。
個人装備 | 防火衣、フード、空気呼吸器、警報器、L字ライト、ランヤード付無線機 |
---|---|
部隊装備 | ポンプ、検索ロープ、PPV、破壊器具など |
車両水源 | 車両の性能や操作方法は?水利の能力や代替水利はどこにあるか? |
活動計画 | 車両の部署位置や進入口など |
活動戦術 | 人命救助、境界防護、火勢抑制、消火攻撃、排煙、残火処理、財産保護 |
安全管理 | 自己安全、チーム安全、指揮安全 |
生存技術 | 求救・自救・待救・好救 |
救援部隊 | 進入済の小隊による救出、外部から進入しての救出 |
緊急救護 | 救急処置、搬送 |
これらの各項について講義や教育、確認を行っていくようです。
このうち、とくに今回の訓練で重視されたものは下記のとおりです。
安全管理(自己安全) | |
---|---|
Assignment | 任務は何か?の共有 |
Bottle | 空気量(メンバーのうち最少量)を安全管理に報告 |
Channel | 無線の通信確認 |
ID Key | 警報器のキー(所属や氏名のネームタグ)を安全管理に預ける |
Equipment | 防火衣類の着装・ライトや無線、警報器の動作確認 |
これは、現場で活動する前に確認を徹底されている項目です。国内外の受傷・殉職事故の統計からもこういった内容の不徹底が事故を招いたり、状況を悪化させることがわかりました。
フル着装の筆者。細かい部分まで非常に考証されている。空気呼吸器は「肩で背負わないで」と言われ日本人は目からウロコ
生存技術 | |
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求救 | メーデー発出(LUNAR) |
自救 | 少しでも安全な場所(壁際、窓辺、水たまり)への移動、退避 |
待救 | 動き回らない、うつ伏せになる、心を落ち着かせる |
好救 | 警報器鳴動(無線通信時は鳴らさない)、ライトを見えやすい方角へ向けて置く |
2018年の化学工場火災では、爆燃によって6名の殉職者が出ていますが、この現場で3時間も助けを待ち続けた若い隊員が救援部隊によって救出されています。彼の生還のポイントとして、消防学校時代に教官から教わった上記のような内容を思い出し、実践した結果だということです。
訓練で使用した建物
訓練が始まったら黒煙が上がり住民が様子を見にきた
実火訓練
台湾には国営の消防学校があり、広大な敷地には目も眩むような充実した設備が揃っています。とくに、市街地や店舗などを模した大型の訓練施設はガスによる炎が噴出するようになっており、初任科生のころから炎や高温と戦う経験を積まされています。また、ホットトレーニングやスモークリーディングのための燃焼コンテナが、ドイツやアメリカから輸入されて運用されています。
しかし、桃園消防ではそれらの教育では現場対応には不十分だと考え、この数年は実際の建物を使った実火訓練に取り組んでいるそうです。今回、私たちも解体前の一般住宅内で火災を起こし、そのなかで活動する訓練をさせていただきました。ちなみに、この訓練は冒頭で紹介した全職員向けの訓練や試験と同等のものだそうです。
実火訓練で助けを待つ要救隊員
ライトと警報器を作動させ「待救」体勢
訓練内容は①火災性状の観察 ②火元室で倒れている隊員の救出 ③想定訓練というものでしたが、多くの発見や課題を得る結果となりました。
たとえば、火元室で倒れている要救隊員を一時的に廊下に出そうとしましたが、割れたタイルや残渣物の摩擦で引きずることができず、3人がかりで担ぎ出す必要がありました。また、救助中に要救隊員の空気残量が無くなりかけることもありました。
今回は救出にFast BoardとRITバッグを使用しました。事前に訓練塔でもトレーニングしましたが、やはり数日では使いこなしきれない面はありました。しかし、要救収容後は圧倒的に搬送しやすく、濃煙熱気の環境下や工場や事業所のような建物では、こういった装備がなければ救出は極めて困難だと実感しました。
講義や訓練の端々で、2件の殉職事故についての記憶や教訓をたくさん共有していただきました。それらは胸を締め付けるようなものでもあり、参加者の脳に刻まれるようなものでした。我々が訓練についての礼を伝えたときに教官の言った「これは私たちがやらないといけないことだ」という言葉は、非常に重い言葉でした。今回学んだことについては、機会あるかぎり、日本の消防職員の皆さんに伝達していきたいと考えています。
あらためて桃園市消防局の皆さんに心から感謝を申し上げます。
○ 記事中の資器材は国内でも販売されています。お問い合わせやデモ依頼は、メンテイト(北海道)、レスキューアシストジャパン、またはoffice-R2までどうぞ。
最終訓練後、台湾の教官たちとともに
中央の女性は消防局No.4の日勤幹部だが「現場のことが知りたい」とフル着装で訓練に参加し、教官たちにたくさんの質問をしていました
大西 隆介(おおにし りゅうすけ)
大学時代に公共政策を学び、山岳部などの経験からロープレスキューの世界へ。日本の労働安全法令を踏まえつつ消防組織に適した救助技術を研究している。救助大会「縄救」などのイベントも主宰。通称「ジミーちゃん」
office-R2 ロープレスキュー講習主に10.5mm〜11mmのロープ資器材を用い、国内法令に準拠しつつ、現場に即した技術を重視。高所作業や競技の技術ではなく、消防活動におけるベストを提案する講習。レベル1〜2では「ロープ高所作業」「フルハーネス」の特別教育修了証が交付される。講習などの情報はHP、Facebook、Instagramなどで随時更新。
お問い合わせ090-3989-8502
ホームページhttps://r2roperescueropeacce.wixsite.com/office-r2